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zoom RSS 「日本」に出会った台湾の旅

<<   作成日時 : 2009/04/28 23:37   >>

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 GMS学部3年のM.Kです。先月、同じ駒澤大学英米学科の友人と2人で台湾へ旅行に行きました。思い立ってから出発までわずか10日余りという、ふとした話の流れで行ってきました。ツアーには申し込まず、すべてノープランで自由に動き回りました。2人とも海外旅行に慣れているし、日本とは近い距離に位置する台湾だったので、全く不安はありませんでした。古本屋で買った10年前のガイドブックを片手に、成田空港で待ち合わせをしました


空港での出来事

 その空港での出来事なのですが、前に並んでいたおじさんに突然話しかけられました。

 東京大学と台北の大学で教授を、また中国系の雑誌社で社長をしている台湾人の方だそうです。

 日本の政治家との人脈があるということで、日本政治の現状をはじめ、ご自身が書いた著書の話などについて、フライト時間まで、私たち2人にずっと話をされていました。

 いきなりの出来事だったので、私たちは多少戸惑いましたが、とても貴重なお話を拝聴でき、大変印象に残りました。


台湾の「しずえさん」

 台北へ着いてからは、私たちは、市内に張り巡らされているMRT(台北捷運)にも難なく乗りこなすことができ、ふと行きたいなと思ったところへは簡単に行けました(はコイン型切符と改札の写真)

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部
駒澤大学GMS学部


 台北大学の前を歩いているときのことです。私たちはまた話しかけられました。「日本人の方ですか?」と。

 振り返ってみると、80歳くらいの女性でした。

 「私は日本の名前は『しずえ』って言うんです」と笑顔でおっしゃいました。

 その方は、そのあと目の前のバス停でバスを待つということだったので、その場でお別れしましたが、やはり私の脳裏をよぎるのは「日本統治時代」のことでした。

 日清戦争の頃から第二次世界大戦までというと、50年間というとても長期にわたるものです。私は「日本史」の教科書やテレビのドキュメンタリーなどで見た情報しか知らず、ほぼ入れ知恵程度の知識しかありませんが、「しずえさん」とのちょっとした会話だけで、少し胸が痛くなる思いがしました

 日本は植民地にされたことがないから、私の祖父母には壮絶な経験をした人はいても、強制的に英語や中国語を勉強させられた人はいません。しかし、祖父母と同年代の「しずえさん」は日本語を話すことができます。

 その事実だけで、私が生まれる40数年前に終結したあの戦争が、64年経った今でも爪痕を残しているということが分かります

 小籠包は店をはしごしてまでたくさん食べたし、日本の芸能人に遭遇もしたし、中山公園や総統府は立派だったし、すごく楽しかったです。

GMS学部
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 だが、台湾で出会った「日本とのつながり」が一番、強烈な印象を与えてくれました。(3年、M.K)

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